憂う春

楊枝入れに一輪の黄色チューリップ 家族のこと

今回はきわめて個人的なお話しです。

ブログなんていつも個人的な話しかしていないだろうという気もするけれど……

3月も残り1日。

昨日観測史上もっとも早い桜の開花宣言がここ新潟にも出まして
春真っ盛りといった感じです。

我が家の庭には冬のあいだたっぷりと寝て元気を蓄えた花たちが
いっせ~のせ!とばかりにあちらこちらで咲いています。

ユスラウメ
スイセン
ローズマリー
沈丁花(ジンチョウゲ)

ユスラウメ、黄色スイセン、ローズマリー、沈丁花。

とくに沈丁花(ジンチョウゲ)は庭中にいい香りを放っています。

いつもであればこれらの花を見てウフフもしくはデヘヘはたまたウホホと
ひたすら喜んでいるのですけれど……

5日前の夕方、固定電話が鳴りました。

もうこの時点でイヤ~な予感がしたのですよね。

固定電話が鳴るなんて時間泥棒のセールスか家族の緊急事態ぐらいですから。

そして予感的中。

実家の父からでした。

「お母さんが救急車で運ばれて意識がない」と。

そして「どうやら糖尿病のようだ」と。

家族の中で誰よりも運動を習慣として何十年もしている母が!

お酒は好きだけれど健康で体型も普通な母が!

100歳まで生きそう、と家族や友人から言われている母が!

ちなみに何年か前に「私、体質的に糖尿病らしい」とは聞いていたものの
いわゆるはっきりとした症状や数値が出ていたわけでないため
定期的な検診以外は特別に治療や投薬もしておらず、の状態でした。

糖尿病の急性合併症のはなし | 糖尿病情報センター

父が言うには倒れる2日前から食欲がなくなり
食べたり飲んだりしても吐く、という状態だったそうです。

そして当日……まったく体を動かすことができなくなり呼吸も荒くなり
息も絶え絶えという状態の中で母が「救急車を呼んで」と。

そして緊急入院となりました。

幸いにも昨日あたりから水分を摂ったり短い会話ならできるようになり
(とはいえ3週間ほど入院の予定)ひとまず安堵しています。

母の緊急入院とあわせて気になったのが父のこと。

ここ数年、年齢なりに体の不調もあるし
弟(40代未婚)とふたりで生活がどうなるのか?

しかしながらありがたいことに父の兄弟の妻(叔母さん)や友人知人たちが
ガッチリとスクラムを組んでくださり生活が回るように手配してくれました。

本来であれば私が行くべきなのだろうな、と悶々としつつも
コロナのことや私には私の生活があるだろうと逆に配慮してもらい(情けない……)
せめてもと毎日父と電話で会話をしています。

「こんなに父と電話で話すのは人生初ではなかろうか」です。

しかしふと考えてしまいましたよ。

もし母が他界したら高齢の父と中年の弟の男所帯になるのか、と。

父には申し訳ないのだけれどなんとなく父が先に旅立つ前程で
漠然と将来の想像をしていたけれどその逆もありうるのだな、と。

ある程度の年齢になれば親や義親に対してどこかで
覚悟というか想像というかをしてしまうと思うのだけれど
具体的な時期が近づいてきたな、とあらためて感じた次第です。

ところで母が入院して6日。

まだいちども父は母と会えていません。

状態が落ち着くのを待っていたせいもあるけれどコロナ対策のためです。

原則、面会ができるのは患者ひとりにつき家族もひとりだけ。

医療者側のご負担や万が一にも感染があった場合のリスクを考えれば
当然なのですが……なんともやりきれない思いです。

今年の春はなんとももやりもやりとした気持ちに包まれています。

そんないまの気持ちを綴りました。

明日は今日よりもちょっと母が回復していますように……

☆追記☆

2021年4月4日、上記の記事を書いてからおよそ1週間。

ご心配くださりありがとうございます。

幸いにも3日ほど前から意識がはっきりとし、食事もおかゆを
食べられるまでに回復してきました。

いまは歩行訓練に励んでおります。

今回倒れた原因は「感染症からの糖尿病発症」がいまのところ有力です。

これから母とともに糖尿病について学ばねば。

そしてある意味母よりも心配だった父ですがこちらも元気に過ごしており
ふたつの意味で安堵しているところです。