みなさま、ごきげんようでございます。
2026年が始まったと思ったらもう10日ですよ。
いやー早い……もうすぐつぎのお正月が来るんじゃないかってほど早いよ。
本来ならば新年のご挨拶から始めるのが正しいのですが
喪中ですのでここが非常に難しいところでございまして……
「おめでとう」の代わりに「幸あれ」とお伝えいたします。
2026年みなさまに大いなる幸あれー!
で、本日のテーマなのですけれどね、いやもう世の中どうなっちゃうのというような心配事ばかりの昨今に比べたら本当に吹けば飛ぶようなことではありますけれど……だからっていまわたしが世を憂えたところで政治が良くなるわけでも世界が平和になるわけでもないからして(開き直り)ブツブツ……
母が亡くなって時間的にも心情的にもSNSをする余裕がなくなりXもInstagramも冬眠中です。
正確には最近は生活ペースが戻ってきたのでできないことはない、というかしようと思えばできるけれどしていないのでございます。
Xは6年目、Instagramは3年目、それぞれにリアルでは得難いお知り合いともしあわせなことに数多く出会えたのでございます。
その方々とときどきではあるけれど他愛もないことをやり取りする時間はとてもあたたかくて元気をいただけるパワーチャージみたいな時間です。
もともとSNSを始めたのはブログの宣伝という下心があってのことでしたが、いつのまにかブログの宣伝なんぞはそっちのけでごはんや本やお花や日常のささいなでも誰かとお話ししたいな的なことばかりになりましてね、今に至るのでございます。
しかしながら2か月ほどまったく投稿をしなくなったらそれはそれで生活に支障もなく……いやむしろSNSにかかわる時間がなくなったぶん生活の余白は増えたし、いまじぶんには必要のないネガティブな情報に触れなくていいから精神衛生的には健全かもしれないなどと思ったりもして。
で、いまこんな状態 ↓

SNSという水面を眺めてまたじぶんも中に入ろうか、ときどき眺めてみるけれどまだ入るのは早いか、いっそやめちゃうか、と迷うの図。
わかりますよ、いまこれをお読みくださっているみなさまのお気持ち。
「好きにしなさい」
ですよねー……
たぶんこんな風に悩む時点でまだちょっと向き合う準備ができていないのかもな。
母が亡くなったときに感じたあの虚しさにも似た気持ち……突然人生は断ち切られるという大きな力を前にした無力感。
あーまだ全然回復しきれていないな、わたし……もうちょっと冬眠しながら考えてみよう。
SNSで交流のある方の中には生存確認?のためにブログを覗いてくださる方もいらっしゃるので「もうすこしお待ちくださいませ」「どうかおしあわせでいてください」とお伝えしておきますね。
